今はなき「末風村(すえかぜむら)」の名残今も 美しい響きにロマン 前橋市上新田町

岩手県の遠野(とおの)、青森県の奥入瀬(おいらせ)、そして、群馬県の月夜野(つきよの)…。 音の響きからロマンをかきたてる地名があります。現在の前橋市上新田町にも、かつて末風村(すえかぜむら)という村がありました。

公園の名前に

先日、利根川サイクリングロードを散歩をしていた時に「末風村」と書かれた小さな緑地の解説板を見つけました。「すえかぜ」という語感に惹かれ、写真に撮ってきました。こんな説明が書いてあります。

緑地に置かれた「末風村」の解説板
解説板の近くにあるあずまや

この公園の名は「末風公園」ですが、付近の小字名の末風(すえかぜ)に由来します。その昔は、佐藤姓や斎藤姓など20軒程度の小さな末風村という村があったと言われてます。

約300㍍西方にある寺の名前は、山号(さんごう)を附しては末風山福徳寺であり、1604年にこの末風の地から移転して再建されました。

明治16年に刊行された「郡村誌」には、『永禄年間(1558~70)は末風村と称す。慶長年間に分かって、上新田、下新田となす』の記述があります。慶長とは、1596~1615年までですが、埼玉県児玉郡から中林・倉林が移り住んできたのもこの年と伝わります。

浅間噴火が村消失の原因?

この文章は2015年度に地元自治会がつくった上新田町誌から抜粋したとあります。これによれば、末風村という地名は江戸時代より前にあったことが分かります。なぜ福徳寺が当初の場所から移転したのか、 この村がなぜなくなったのかについては、「慶長年間の度重なる浅間山噴火の溶岩流によって、必然的に村が消滅したか、意図的に閉村せざるを得ないほどの激しい自然現象であったことが図り知れます」と推測しています。

後日、この解説板に書かれた福徳寺に足を運んでみました。今まで注意してみたことはなかったのですが、門に大きく「末風山」の文字が。今はなくなってしまった「末風村」を身近に感じることができました。

末風山福徳寺の門

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