歴史

前橋大利根小が開校から半世紀 人口増加で時代の要請

2021年5月16日

群馬県内の先駆的な大規模住宅団地として開発された前橋市「大利根住宅団地」内にある大利根小学校が開校から半世紀を迎えました。

近隣の東小学校の児童数が増えたため、子どもたちの新たな受け皿として新設されました。

市内2番目の「団地小学校」

当時の市の広報紙には、広瀬小学校に次ぐ「団地小学校」と紹介されています。

1971年4月1日号(8ページ)

昨年4月の広瀬小についで2番目の団地小学校として『大利根小』が、4月8日から開校されます。鉄筋コンクリート3階建て、普通教室が六つ、特別教室が三つ、そのほか管理室をそなえたスマートなもの。昨年十一月着工、総工費は四千三百三十万円。

 

開校10年時には1400人超の児童数に

大利根小のホームページに記されている沿革によると、東小学校内に併設する形で1970(昭和45)年4月に開校。その年の10月に大利根町の新校舎で竣工式が行われました。

1971(昭和46)年4月8日、新校舎で開校式が開かれました。

正式には1970年が開校の年になりますが、新設校舎で授業が始まった1971年を実質的な開校年といっていいかもしれません。

地域の歴史を学べる郷土かるた「あずまかるた」の解説文は1971年開校としています。

1971年度の児童数は717人。開校10周年時は1414人に。子どもがいかに多かった時代ということがわかります。

児童数が増えた大利根小の過密を解消するため、1981(昭和56)年に市内37校目の学校として新田小が設けられました。

前橋東地区の小学校開設の経緯をみると、東小の児童増加に対応するため大利根小が誕生し、大利根小の過密を回避するため、新田小ができたことになります。

そして、現在でも東地区は市内でも子どもの多い地域といってよさそうです。

市のホームページによると、昨年5月末時点で東小は児童数768人(27学級)で市内一のマンモス校。大利根小467人(19学級)、新田小458人(19学級)と一定数の児童数がいます。

「希望の鐘が鳴りわたる」大利根小

先述したあずまかるたの大利根小の読み札は「大利根小 希望の鐘が鳴りわたる」。

かるたの解説には次のように書かれています。

校内には、「希望の池」「希望の丘」、1978(昭和53)年に卒業記念として送られた「希望の鐘」の三つの希望がある。式典等では、この鐘の音が大空に鳴り渡っている。

開校から半世紀。次の50年も大利根小学校から、大きな希望を持って社会に羽ばたく子どもたちが巣立っていくことでしょう。

 

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