前橋大利根小学校の北側に、昭和の雰囲気を残す大利根ショッピングセンターがあります。かつては様々な店舗が軒を連ねていましたが、時代の流れとともに周辺地域の大型商業施設の進出やライフスタイルの変化を受けて、空き店舗が目立つようになりました。
しかし、近年新しいお店の開店が続き、新たな動きが出てきています。今回は、そんな大利根ショッピングセンターに昨年11月に開店した「さかな屋ゆう」の店主・高橋裕貴さんにお話を伺いました。
「さかな屋ゆう」は以前にもこちらの記事で取り上げています。
”まちの魚屋さん”として
早速なのですが、なぜここ大利根ショッピングセンターにお店を構えられたのでしょうか?
高橋さん:アニメが好きなのですが、アニメの舞台になるような商店街は主人公との距離が近く、その身近な感じが憧れとしてありました。生まれも育ちも大利根で、やるならここがいいかなと。前橋市内、群馬県内でやるなら、一番気持ち的にやりやすい地元でやりたいなあ、という考えですね。
いわゆるアニメやマンガに出てくるような、懐かしい商店街のような。
高橋さん:そうですね、例えば前橋の中央商店街は、”地元の”商店街というよりも、前橋の大きな商店街という感じですが、ここは”大利根の”商店街。平日は近くにお住まいの方々、小学生も行ったり来たりする。お客さんと距離の近い、いわゆる”まちの魚屋さん”ができるのはここしかないと思いました。
やはりいらっしゃる方はこの近くに住んでる方が多いのでしょうか。
高橋さん:平日は地元の方々が、土日になってくると車で来る方、Instagramで見てくださった方々が来てくれます。平日と土日でガラッと客層が違いますね。
開店から今まで、振り返ってみて今のところどのように感じてますか?
高橋さん:良くも悪くも(開店前の)イメージ通りではあります。だけど、マグロの取り扱いで苦戦したり、スーパーと扱う魚や値段が違ったりと、”まちの魚屋さん”として地元の方々を楽にさせてあげられてないかなと感じています。「こんな魚屋さんが近くにあればいいのに」と言ってもらえたりもするけれど、実際近くに住む方々にとってはまだそんなお店になれていない、ギャップがあるとは日々感じているところです。
ここに魚屋さんができたことで、食卓の選択肢が広まったようにも思います。選択肢を広げる、というのも目指したりしていたのでしょうか。
高橋さん:僕が三陸に行って、現地の魚を食べて「美味しいな」と思って。でもここに戻ってくると、料亭なんかでしか食べられない。だったら誰かが持ってくるのを待つのではなくて、自分で持ってきてしまおうと。僕が食べたかったんです。
「その時その場所にあるもの」を
前回の取材で伺いましたが、開店のきっかけは震災のボランティアがきっかけでした。
高橋さん:ボランティアとして動き出したのは2011年の6月くらいでした。イベントの設営や開催をしていて、本格的に参戦できたのは開始2年目くらいからでした。
花火を上げるボランティア、地元の方に笑顔になってもらうといった内容の活動でした。賑やかな活動だったので、地元の方々とお酒を飲んだり。土地のいいもの、漁師さんは自分で獲ったものを食べさせようとしてくれる。「その時その場にあったもの」を提供する、季節を感じられるようなお店がすごく良いなあと思って。
Instagramでも毎日発信していらっしゃるように、「その時あるもの」を提供するのはやはりお店のコンセプトなのでしょうか。
高橋さん:そうそう。大きい市場はたくさんの種類の魚が集まっていて、あまり季節感やその土地柄がないんです。釜石とその隣の湾で獲れたもの、現地で今獲れている魚たちを仕入れています。釜石の魚屋さんに仕入れする魚は選んでもらっていますが、土地の方に選んでもらうので外れがない。こちらからもこの魚が欲しいなど伝えながら、送ってもらっています。
「さかな屋ゆう」ならではのもの
このお店の特徴として、プラ容器を用意せず、お客さんに皿や保存容器を持ってきてもらう仕組みを導入しています。この取組みは浸透してきましたか?
高橋さん:半々といったところですね。お願いはしてますが、容器がない時はラップで包んだりしてます。汁物などのお惣菜はやはり難しいですが……。
マイバッグの持参なんかはどんどん一般化されてますし、もう一歩踏み込んで容器も持参するようになったら良いことしかないね、ということで始めてみました。
いわゆる「量り売り」を目指されたりなどもあるのでしょうか。
高橋さん:それもありますね。この周辺に住んでいるお客さんは、一人暮らしであったり高齢の方であったりと、食べる量が少ないので、店が決める量で売りたくないなと考えていたんです。ちょっとでもいいから食べてもらいたい。お客さんが食べたい量だけでいいんですよ、とご案内しています。昔の”まちの魚屋さん”のような。
100グラムでいくら、と書いてありますが、もちろん100グラム刻みじゃなくても、それこそ50グラムでも何グラムでもいいんですよ、と分かりやすく伝えるのが課題です。
さかな屋ゆうは、店主である高橋さんとニックネーム「小娘」さんとお二人で切り盛りしています。SNSの発信などは「小娘」さんが担当していらっしゃる。
高橋さん:そうです。僕が内容を考えて、Instagramなどに実際に投稿してもらって。
料理も任せたりしています。お惣菜とイートインを主に担当してもらって、僕はそれをフォローしつつ魚に専念して、という形です。
お店の内装も雑貨屋さんのようでオシャレですよね。
高橋さん:大まかなデザインはデザイナーさんにお願いして、壁紙や小物は彼女(「小娘」さん)にも決めてもらいました。床が濡れていたり錆びていたりすることなく、清潔感があるような感じにしたくて。
それから、僕の作業場を一番窓際にして、見たい人は見れるような形にしたかったんです。店の前の道は小学生がたくさん通るので、帰り道に子どもたちが集まって魚を捌くのを見てもらう、というのが理想です。
店内でお酒も飲めて、お食事もできますが、これも当初からの想定でしょうか。
高橋さん:そうですね。僕は日本酒が好きで、「このお酒美味しいね」で終わらせずに繋げていきたくて。一つの酒蔵が出しているお酒を取り揃えて、作り方や酒米ごとに比べて味わえるようにしたかったんです。
今は大槌町の赤武酒造さんのお酒だけを揃えています。震災後にボランティアに入った頃から好きで、この酒造のお酒を置きたいと決めていました。赤武酒造さんは岩手県の酒蔵なので、あとは宮城県の沿岸部の蔵、福島の蔵、と各県ごとに一蔵ずつ置きたいですね。
三陸の地の魚と地のお酒で、現地に行ったようなイメージで楽しんでもらえれば。三陸は遠い分、そのことに価値があるかなと思います。
ビールは気仙沼のBLACK TIDE BREWING。ワインは岩手県陸前高田の神田葡萄園さん。それしか置いてないです。
お店でお酒を飲む方もやはり多いでしょうか。
高橋さん:コロナが落ち着いていた時は、お一人で帰り際に来て、ビールやワインをちょろっと一杯、あるものを摘まんで行かれたり、ソファ席でお友達といらっしゃる方だったり。早くこの状況が明けてほしいと言ってくださる方が多くて、それを心の支えにしています。
加工系の商品もありますが、これも三陸のものを?
高橋さん:彼女(「小娘」さん)と開店一か月前くらいに三陸に行って、道の駅を中心に気になったものを買って選びました。選ぶ時も「沿岸の市町村で作られたもの」にこだわっています。味噌と醤油なんかはファンが付いてきていますね。
提供しているお惣菜でも、ここの棚に並んでる味噌や塩を使っています。
提供しているお料理も、お魚がとてもバランス良く配されていて、彩り豊かですよね。料理のねらい、楽しんでもらいたいところはどういったところでしょうか。
高橋さん:すべての料理に、海産物ポイントを入れています。ご飯ならふりかけや炊きこみご飯という形で、一品料理もサラダも、店で取り扱っている魚や乾物を取り入れています。何ひとつ手を抜かない、やるからには。
コロナウイルスの影響もありますが、(イートインスペースは)あまり席数も多くなく、ゆっくり楽しんでもらえるような感じですね。
高橋さん:(影響も)確かにありますが、マンパワー的な問題もありますね。人も多くはないので、まずはこじんまりと。あくまで”まちの魚屋さん”の一角で食べようぜ、って感じ。
もともと飲食店ではなく、魚屋をやりたかった。でも魚だけ売るのではなく、食べられるようにすれば、より魚を身近に感じてもらえるのかなって。「こういう食べ方があるんだ」「こういう作り方があるんだ」と思ってもらえれば、繋がるものがあるのかなと思いました。
ふらっと来て、ちょっと食べて帰る。そんなお店があったらいいな、と僕の願望を込めて作ったお店です。イートインは魚屋を補完するような存在ですが、やるからにはちゃんとやります。
「魚屋」がつなぐ三陸の味
若い人が起業したいと思った時、魚屋をやりたいという方は限られそうな気がします。魚屋をやる方は珍しいですよね。
高橋さん:好きこそなんとやら、ですよ。待っててもできないので、自分でやろうと。
先日、こちらのサバの味噌煮をいただきました。美味しかったです。やはりそれも店内で販売している三陸の味噌を使っているのですか。
高橋さん:この味噌です。ありがたいことに、ファンが多いんですよね。現地、つまり寒い土地の味噌やお醤油は味が濃いんです。それに丁寧に作られてるんでしょうね。一般的なお味噌は最初から出汁が入っていたり味付きなので、食べ比べると「おっ」と思うんでしょうね。
岩手県の釜石の味噌で、僕がボランティアで釜石の担当者だったので、何かと釜石です。震災から6年ほど経って、ボランティアのメインメンバーとしての活動を終えました。震災から時間が経つにつれて、復興や支援の意識がだんだん低くなっていく。そんな中で、個人ではありますけど、僕みたいに継続したりとか、新しいことを始めたりとかがあると、本当に現地の方は喜んでくださいますね。
現地の方が喜んでくれるというのは、やはり高橋さんの原動力になっているのでしょうか。
高橋さん:現地の方はもちろん、現地の方じゃなくても喜んでくれる人がいると良いですよね。仲買とかがいる訳ではないので、直接声を聴けるのはとても良いです。だからこそ、やっぱりちゃんと売らなきゃって気持ちになります。もう勝手にここ(大利根)の、三陸の営業担当という気持ちでやっています。だからこそ、下手に安売りとかせずに、しっかり伝えてしっかり売る。僕の後ろにいる人たちの信用も預かっている。僕が下手すると、その後ろにいる人への影響も少なからず出ちゃうので、一切引かずにやっています。
震災から11年経ちますが、被災地への思いは。
高橋さん:楽しそうだからやる、それで現地に行くと喜んでもらえる。それに僕が美味しいものを持ってくることができる。でも、気持ちばかり優先していると続かないと思います。花火大会のボランティアもそうですけど、楽しいというのが継続する上で一番大切だと思います。直接的な活動を今はしていませんが、募金やクラウドファンディングに協力したりとサポート側に回っています。花火を打ち上げるボランティア自体は今でも続いています。
かなり(ボランティアが)続いている方だと思います。こうして続いているのは、何かのため、というのではなく、やっぱり単純に楽しいから、というのがあると思います。僕もそういう気持ちでお店をやっています。
周辺店と連携、地元を盛り上げたい
新前橋駅前の高橋与商店さんもちょうど量り売りを始められましたね。新前橋全体で借り売り文化が広がっているような。
高橋さん:広がってくれるといいですよね。未来のことを考えるとしたら、容器を無駄に使わない方がいいです。デポジット制に慣れてくださったお客様なんかは、車の中にいつもいくつかタッパーを入れてらしたりとか。
自分はこの辺には何年か前から住み始めましたが、とても良い雰囲気の場所ですよね。昔は様々なお店が並んで、朝市も行われたりして賑やかな場所だった。
高橋さん:地元の方々は「商店らしい商店が久々にできた」と言ってくれる。(賑わっていた)30年前を知っているからこそこのお店はありがたい、ワクワクすると応援してくださる。だからこそ、商店街の他のお店さんとも上手く連携しながら、ここ大利根ショッピングセンターを盛り上げていきたいです。
インタビューの間にも、お店にはお客さんが絶えずいらっしゃっていました。慣れた様子で注文をするお客さんたちと明るく対応する高橋さんたちの姿は、まさに“まちの魚屋さん”そのものでした。
インタビュー後には、目の前でイカも捌いていただきました。鮮やかな高橋さんの手付きに、高橋さんの魚への熱量と思いを感じました。
5月に開店から半年を向かえた「さかな屋ゆう」は、着実にこの大利根ショッピングセンターに欠かせないお店になりつつあるようです。(M、S)